ここでは微生物と腸内フローラの関係について述べています。
近年、日本においては、お花畑になぞらえた腸内細菌の集まりの様子のことである「腸内フローラ」(腸内細菌叢)という言葉はよく知られるようになりました。
そしてこの「腸内フローラ」は免疫系や肥満の問題、心の病など、様々な事柄と関係していることが判明しており、ここ数年の間、腸内フローラや腸内細菌に関する研究は注目を集めるようにもなりました。
しかし、海外では腸内細菌を含めた微生物の集まりのことは「マイクロバイオータ」と呼ばれ、さらに微生物とヒトとの相互作用や、人体や遺伝子に対する関わりのことは「マイクロバイオーム」という言葉が使われています。
「マイクロバイオータ」や「マイクロバイオーム」と呼ばれる微生物群は見えない存在であるため、微生物が関わる仕事や研究などに従事していない限り、普段は意識することは少ないかもしれません。
ですが、「腸内フローラ」を形成する腸内細菌だけではなく、皮膚や口腔内をはじめとした私たちのからだの様々な部位(脇の下、へそ、眉間、耳の後ろ、股間、膣など)には、1万種を超える微生物の集団が棲みついている、とされているのです。
そのため、私たちを取り巻いている微生物の存在は、健康と病気に深く関わり、さらに微生物の遺伝子は、ヒトの遺伝子とも関係してきます。
したがって、「ヒト」とは何か、「私」とは何か?、心とは何か、といった難しい問題の答えを出そうとする時、微生物の存在を抜きにして考えることは出来ないのです。
私は何者か? この古くからある疑問は、私たちが思考について考えられるようになってからずっと、人の心に浮かびつづけてきた。それでも、この疑問に対する答えがわかったのは、最近のことだ……ほぼ微生物なのである。
(ロブ・デサール , スーザン・L. パーキンズ『マイクロバイオームの世界』斉藤隆央 訳 p60)
私たちはこれまで、「私」というものが、独立した個別の存在だと考えてきた。しかしそれは、私たちの思い込みにすぎなかったのかもしれない。個別の存在だと考えてきた「私」は、実は「私」に常在する細菌とともに「私」を構成している。そうした「私」は「マイクロバイオータ」と呼ばれる常在細菌叢との相互作用を通して、生理機構や免疫を作動させ、「私」をかたちづくる、と書けばどうだろう。
(山本太郎『抗生物質と人間―マイクロバイオームの危機』 p70)
私は人体に棲む微生物のことを調べるうちに、自分自身を独立した存在と考えるのをやめ、マイクロバイオータの容器だと考えるようになった。私自身と私のマイクロバイオータはまとめて一つの「チーム」なのだ。どんな人間関係もギブ・アンド・テイクで成り立っている。それと同じように、私は微生物に対する提供者であり保護者であり、微生物はそのお返しに私に栄養を与えてくれる。私は私のマイクロバイオータが喜ぶような食事の摂り方を考えるようになった。
(アランナ・コリン『あなたの体は9割が細菌』 矢野真千子 訳 p137~138)
また、近年は、多くの感染症から私たちを救ってきたはずの抗生物質が、腸内細菌叢やマイクロバイオータの攪乱(かくらん)を引き起こし、アレルギーや自己免疫疾患など多くの病や症状を出現させているという問題も生じてきています。
そのため、抗生物質が私たちを病気から守り、多くの命を救ってきたことは揺らぎようのない事実ですが、抗生物質の乱用の反省をも踏まえた「ポスト抗生物質時代」においては、抗生物質の長所と短所を正しく認識し、どのようにして微生物と真の共生を実現していくかが、常に問われているのだといえます。