『腸科学 健康な人生を支える細菌の育て方』(ジャスティン・ソネンバーグ、エリカ・ソネンバーグ 著 早川書房)は、私たちのからだに生息する微生物(マイクロバイオータ)の重要性や、腸内に棲む腸内細菌の働きについて知りたい方におすすめの一冊です。
このソネンバーグ夫妻による『腸科学 健康な人生を支える細菌の育て方』は、アメリカではベストセラーになったとされていますが、本書ではマイクロバイオータの形成をはじめとして、腸内細菌と免疫の関係、がんや自閉症などの病気との関連性、腸内環境を整えるための食事の方法、プロバイオティクスの摂り方など、バランスよく様々な話題について分かりやすく述べられています。
特に本書で強調されているのは、日頃の食事において食物繊維(「マイクロバイオータが食べる炭水化物」)、ハンバーガーのことではない「MAC」を多く摂ることの重要性です。
腸内細菌を元気にする秘訣は、食物繊維(MAC)がたっぷりの食事を毎日摂ることなのです。
(略)「食物繊維」という不正確な用語より、「マイクロバイオータが食べる炭水化物」を意味するmicrobiota accessible carbohydrates(MAC)を使うほうが好ましい。食物繊維に含まれるこの炭水化物なら腸内の細菌の食べ物になる。マックをたくさん食べれば、マイクロバイオータに栄養を届け、腸内細菌の生存を助け、この細菌集団の多様性を改善できる。そのためには、工業化された現代社会の食物繊維に乏しい食事習慣から大きく転換しなければならない。わが家では、冗談で「ビッグマック・ダイエット」と呼ぶ食事を実践している。この食事は、果物、野菜、豆類、未精製の全粒穀物の複合炭水化物が豊富で、腸内マイクロバイオータを多様化し、その状態を維持するようにデザインされている。(ジャスティン・ソネンバーグ,エリカ・ソネンバーグ『腸科学 健康な人生を支える細菌の育て方』 鍛原 多惠子訳 p141)
「食物繊維」という言葉は不明確なので、ヒトが体内に取りこむ食物成分のうちマイクロバイオータの食べ物になるものを、私たち二人は「マイクロバイオータが食べる炭水化物」を意味するmicrobiota accessible carbohydrates(MAC)と呼ぶ。すでに述べたように、マックは果物や野菜、豆類、穀物などさまざまな食物にふくまれ、マイクロバイオータによって発酵される炭水化物のことである。食物や食物繊維サプリメントにふくまれる食物繊維には、マイクロバイオータのいる大腸まで到達せず発酵しないものもある。これらの発酵しない繊維質も便秘の改善にはとても効果があり、排泄物が水分を吸って嵩が増すので、良好な整腸作用が得られる。(ジャスティン・ソネンバーグ,エリカ・ソネンバーグ『腸科学 健康な人生を支える細菌の育て方』 鍛原多惠子訳 p157)
だがマイクロバイオータに食べ物を与えて短鎖脂肪酸をつくってもらうには、やはりマックを食べる必要がある。マックをたくさん食べれば食べるほど、腸内の発酵が盛んになり、より多くの短鎖脂肪酸がつくられる。マイクロバイオータにどのマックを与えるかによって、腸内で繁殖する微生物群、マイクロバイオータを構成する細菌種の数(細菌集団の多様性)、この細菌集団が果たす機能が変わってくる。(ジャスティン・ソネンバーグ,エリカ・ソネンバーグ『腸科学 健康な人生を支える細菌の育て方』 鍛原多惠子訳 p157)
このあたりのことについても詳しく書かれている『腸科学 健康な人生を支える細菌の育て方』は、日本人が読んでも大変興味深い内容となっています。以下、本書への導入として「序文」を引用してみたいと思います。
健康が遺伝に大きく左右されるのは誰でも知っている。それでも食事に気を配り、運動に励み、ストレスとうまくつきあえば、一般に健康な体づくりができることもわかっている。だが、そのためにどうするかが大きな問題だ。良心的な健康法の多くは原料や心臓病など特定の問題に焦点を合わせるが、トータルな意味で健康を維持するための秘訣があるとしたらどうだろう? しかも、そのゲノムが、ある特定の(驚くべき)生活習慣の選択によって変えられるのだとしたら?(ジャスティン・ソネンバーグ,エリカ・ソネンバーグ『腸科学 健康な人生を支える細菌の育て方』 鍛原 多惠子訳 p11)
じつは、この第二のゲノムは存在する。それは私たちの腸内に棲みつき、いろいろな意味で私たちの健康全般に欠かせない細菌のゲノムだ。この微生物相(マイクロバイオータ)が健康と疾患にどうかかわるのかについて詳細がいま明らかにされつつあり、人間というものの定義を変えつつある。(ジャスティン・ソネンバーグ,エリカ・ソネンバーグ『腸科学 健康な人生を支える細菌の育て方』 鍛原 多惠子訳 p11)
がん、糖尿病、アレルギー、喘息、自閉症、炎症性腸疾患など、おもに欧米でよく見られる病気や症状の原因が科学者によって解明されるにしたがい、マイクロバイオータがこうした病気や健康の諸側面に重要な役割を果たしていることがわかってきた。私たちの体内で暮らす細菌は、ヒトの健康のあらゆる側面に直接、間接に影響を与えているのである。(ジャスティン・ソネンバーグ,エリカ・ソネンバーグ『腸科学 健康な人生を支える細菌の育て方』 鍛原 多惠子訳 p11~12)
私たちの腸内の住人は数十万年にわたって進化してきたが、こんにち新たな試練に直面している。現代社会では、食習慣(高度に加工され、高カロリーで、工業生産された食品の摂取)や他の生活習慣(抗菌剤で殺菌された家に住み、抗生物質を乱用する)が変化し、これらの変化が腸内に棲むマイクロバイオータの健康そのものを脅かしているのだ。(ジャスティン・ソネンバーグ,エリカ・ソネンバーグ『腸科学 健康な人生を支える細菌の育て方』 鍛原 多惠子訳 p12)
先程、本書では食物繊維(MAC)の重要性が強調されていると書きましたが、一方、加工食品や抗菌剤、抗生物質などの乱用は、腸内細菌の多様性を奪い、マイクロバイオータの健康を損なう可能性が高いものとして示されています。そして、本書の最終章では以下のように書かれています。
私たちのマイクロバイオータは、一万年以上前に農耕が誕生して以来経験したことのない棲息地の変化に直面している。最小限度のマックと微生物摂取という欧米流の食事が、抗生物質や抗菌製品の頻用と相俟って、マイクロバイオータにさまざまな試練を突きつけているのだ。その結果、より伝統的な生活習慣の現代人は欧米で頻発する疾患の罹患率が低いが、欧米人の腸内細菌は多様性を失い、中心的な役割を果たす種を失ってしまっている。幸いにも、欧米人のマイクロバイオータを祖先のものからすばやく変化させた可塑性というものがあるのだから、マイクロバイオータの再生もまた可能なのだ。食事を改善し、抗生物質の使用を最小限にとどめ、自然(とそこにいるすべての微生物)とふたたびつながりをもつことで、マイクロバイオータの健康を改善できるだろう。(ジャスティン・ソネンバーグ,エリカ・ソネンバーグ『腸科学 健康な人生を支える細菌の育て方』 鍛原 多惠子訳 p275)
この『腸科学 健康な人生を支える細菌の育て方』は(まだまだ分かっていないことも含め)マイクロバイオータ(腸内フローラ)の様々な可能性や、私たちの健康との関わりについて分かりやすく知ることができる一冊だといえます。
叙述自体も、科学者らしく冷静・客観的に書かれているため、腸内細菌や腸内フローラに関心がある多くの方に薦められる一冊です。
ジャスティン・ソネンバーグ,エリカ・ソネンバーグ『腸科学 健康な人生を支える細菌の育て方』 目次
第1章 マイクロバイオータとは?なぜ重要?/第2章 マイクロバイオータの形成ー妊娠、出産、離乳期/第3章 免疫系を調整する/第4章 毎日、体外に出ていく細菌たち/第5章 一〇〇兆個の細菌が餓えている/第6章 「なんとなく」は腸からの知らせ?/第7章 「クソ」を食らってでも生きよ/第8章 老化するマイクロバイオータ/第9章 では、どうすればいいのか?