私たちの腸内には、およそ1000種類、100兆個以上もの腸内細菌が生息していると言われていますが、それら腸内細菌は免疫細胞を刺激しているため、ヒトの免疫系、腸管免疫とも深く関わっています。
そもそも腸内細菌は、外部から侵入者であるため、細菌やウイルスと同じように免疫系から攻撃されてもおかしくありません。しかし、腸内細菌は外部からの侵入者であっても、免疫系によって排除されない理由は、ヒトの体内において有益な働きをしているからに他なりません。
免疫系は「自己と非自己」を区別し、自己に対しては寛容ですが、非自己に対しては、徹底的に攻撃して排除するという特性があります。特に病原菌に対して免疫系は激しく反応して除去しようとします。しかし腸内細菌に対しては、反応が弱かったり、反対に免疫を抑制したりするといいます。
同じ「非自己」であっても、腸内細菌はヒトにとって利益をもたらす存在であるため、免疫系は高度な判断を行い、相手への働きを変えることで、腸内細菌と手を取り合って共生しているのです。
では、腸内細菌はどのように免疫細胞に関わっているのでしょうか?
腸内細菌が免疫細胞を刺激する仕組みには、「Toll(トル)様受容体」というものが関わっています。この「Toll(トル)様受容体」とは、突き出すようなかたちで腸管免疫細胞の表面に存在しているタンパク質のことで、このToll様受容体と腸内細菌が結合すると、免疫細胞への刺激が始まると言われています。
また、このToll様受容体はヒトには10種類ほど存在しており、構造が異なっているため、「TLR1」「TLR2」とそれぞれ名前が付けられています。
例えば「TLR2」はビフィドバクテリウムやラクトバチルスの成分であるリポタイコ酸やリポペプチド、「TLR4」であればバクテロイデスの成分であるリポポリサッカライドを認識しているとされています。
このように腸内細菌の成分の特定のものが、Toll様受容体と結合し、免疫細胞を刺激しています。これによって細胞内に信号が走り、その情報をもとにして免疫反応をどのように働かせるか判断したり、細胞自体が活性化したりするのです。
ちなみに、このTLRは自然免疫のセンサーとして働いています。東京大学名誉教授の光岡知足氏によれば、「異物を認識したTLRは、細胞内のシグナル伝達経路を活性化させることによってサイトカインや抗菌ペプチドのような物質の分泌」を促すといいます。さらに、
このうちのサイトカインは、細胞間に情報を伝達するタンパク質の一種で、これが分泌されると、感染した部位で炎症反応が誘導され、マクロファージなどの食細胞の働きが活性化することで感染の拡大を防ぎます。
(中略)
また、抗菌ペプチドは、侵入してきた菌を殺傷するタンパク質の一種で、TLRのセンサーが働くことで細胞から分泌されます。
腸に病原菌が侵入してきた場合であれば、腸の粘膜を構成する細胞からいっせいに分泌されるほか、マクロファージなどの食細胞もこうした抗菌ペプチドや活性酸素などを駆使することで病原菌を次々と貪食していきます。
TLRが働き、自然免疫が活性化されれば、感染の初期の段階で病原体がすみやかに排除できます。獲得免疫への情報伝達もスムーズになりますから、症状が悪化することなく病気が未然に防げるのです。
(光岡知足『腸を鍛える―腸内細菌と腸内フローラ』 p81~82)
と述べています。
このように、「Toll様受容体」には免疫活性のための重要な役割があるのです。
参考文献
上野川修一 『からだの中の外界 腸のふしぎ』 講談社
光岡知足 『腸を鍛える―腸内細菌と腸内フローラ』 祥伝社