過敏性腸症候群の症状の緩和と予防に腸内フローラの改善は有効です。
「過敏性腸症候群(IBS)」とは一般的に、不安やストレスを感じた際に、腹部の辺りに強い不快感をおぼえると共に、それが下痢や便秘のかたちで現れる症状のことですが、原因は明確に分かっていません。
この過敏性腸症候群(IBS)については、医学博士の松生恒夫氏の簡潔な説明があります。
過敏性腸症候群という症状があります。過敏性腸症候群とは、「腹部不快感や腹痛を伴うさまざまな排便障害や排便習慣の変化があるが、それらを説明しうる器質的疾患(たとえば大腸がんなど)や生化学的異常が見出せない腸管の機能的疾患」と定義されています。
つまり便秘や下痢、腹痛などがあり、腸管の働きが異常だけれども、詳しい検査をしても大腸がんなどの病気や異常が見つからないということです。過敏性腸症候群の原因は、明確にはなっていません。現在のところ、考えられるさまざまな原因の中で、特に大きく関与しているのが「消化管の運動異常」と「消化管の知覚過敏」といわれています。消化管の運動異常とは、食後に起こるぜん動運動が激しく、また誘発されやすいこと、一方、消化管の知覚過敏とは、腸管壁が伸びることで痛みを強く感じやすいことと報告されています。(松生恒夫『腸に悪い14の習慣』 p182)
さらに松生恒夫氏は、この過敏性腸症候群は、「脳腸相関」も深く関わっており、「どうやら過敏性腸症候群の原因は、消化管運動異常や消化管知覚過敏をベースに、ストレスで脳腸相関の異常が起こり、これがお腹の症状を悪化させる病態といえるようです」と述べています。
また医学博士の福土審氏は、『内臓感覚 脳と腸の不思議な関係』のなかで、過敏性腸症候群と心理社会的ストレスの関係を指摘しています。
IBSの症状を発生・憎悪させる一番大きな要因は心理社会的ストレスである。健康な人でも、心理社会的ストレスが負荷されると、腹痛が起こったり、便意を催したり、あるいは便が出にくくなったりする。しかし、その程度はごく軽度である。IBSと診断される人は、この現象がはっきりとあらわれる。そして、多くの場合、心理社会的ストレスがのしかかっているということに気づいていないか、気づいていても、それを言葉に出そうとしない人が多い。(福土審『内臓感覚 脳と腸の不思議な関係』 p93)
そのため、過敏性腸症候群の症状を緩和するためには、ストレスの原因を取り除くなど、心の領域をケアする対策も必要になってきます。
また、この過敏性腸症候群を発症してしまうと、生活の質をいちじるしく低下させてしまいますので、腹部の不快感がいつまで経っても治まらない場合は、重度の症状が現れる前に所定の機関で診察を受けるなど、何らかの対処が必要になってきます。
しかし腸が下痢や便秘という症状をシグナルとして引き起こしている以上、普段からお腹の調子が整うように腸内フローラを改善することも、過敏性腸症候群の症状の緩和には大切だと考えられます。
特に腸内細菌の働きはセロトニンやドーパミン、GABAなどの産生に関わってくるため、腸内フローラを改善することが、うつ症状の改善や不安感の緩和など、メンタル面の健康に結びつく可能性は大いに考えられます。
ちなみに腸内細菌の集まりである腸内フローラを良くするには乳酸菌や食物繊維が役立ちます。特に水に溶けやすい水溶性食物繊維は、過敏性腸症候群の下痢と便秘の症状に対して効果を発揮するとされています。
また、オリゴ糖や植物性乳酸菌ラブレも、便秘と下痢の両方に効果的だとされています。
したがって、腸内フローラの改善は、下痢や便秘といった過敏性腸症候群の症状を緩和するだけではなく、腸内細菌の働きによって精神面を安定させることにもつながっていくのです。
このように、過敏性腸症候群の症状の緩和と予防には、社会的ストレスの要因を取り除くことも大切ですが、それと同時に、腸内フローラを健康に保つことによって、腸から脳に働きかけていくことも必要だと考えられます。
また、腸内細菌によって作られる短鎖脂肪酸には、炎症を抑える働きやメンタル面を強くする働きがあるとして、過敏性腸症候群の症状緩和のために注目されています。
この短鎖脂肪酸は大腸粘膜のエネルギー源になることが知られていますが、例えば、神経科医のデイビッド・パールマター氏が『「腸の力」であなたは変わる』のなかで短鎖脂肪酸に関して以下のように述べています。
短鎖脂肪酸とは、私たちが食べた食物繊維を腸内細菌が分解するときにつくる代謝産物だ。
腸内細菌がつくる主要な脂肪酸は三つ。酢酸、プロピオン酸、酪酸であり、排せつされるか結腸に吸収され、体の細胞のエネルギー源として使われる。
酪酸は結腸の内側をおおう細胞にとってもっとも重要な燃料であり、発がん抑制効果、抗炎症効果もある。
これらの脂肪酸の割合は腸内細菌の多様性や、食事のあり方に左右される。
(デイヴィッド・パールマター 『「腸の力」であなたは変わる』 白澤卓二 訳 p196)
このように、短鎖脂肪酸は大腸粘膜のエネルギー源になることが知られていますが、それ以外にも、抗炎症作用もあるとされているのです。
そのため、過敏性腸症候群の発症原因には、腸管の炎症が関わっているといわれているため、短鎖脂肪酸がうまく作られるようにすることは、その腸に起こっている炎症を抑えることにもつながっていくと考えられます。
また、医学博士の内藤裕二氏は、短鎖脂肪酸のメンタル面への働きかけについて以下のように述べています。
有用菌によって産生される短鎖脂肪酸の中でも、特に酪酸には、抗うつ作用や認知機能改善作用があるようで、盛んに研究されているようです。こういった基礎研究は、消化管環境を改善し、有用菌を増加させるライフスタイルが、ストレスに強い、うつになりにくい、認知機能を維持する機能につながる可能性を示すものであり、大変興味深い点です。
(内藤裕二『消化管は泣いています』p179)
特に過敏性腸症候群の症状は、過度のストレスや不安、緊張など、社会心理的な部分が深く関わってきますので、腸内フローラのバランスを整え、腸内細菌によって短鎖脂肪酸が十分に作られるようにすることは、過敏性腸症候群の症状緩和に役立つと考えられます。
ちなみにこの短鎖脂肪酸は、【善玉元気】 などのサプリメントでも摂ることが出来ますが、食物繊維のうちの特に水溶性食物繊維を摂ることで腸内細菌によって作られやすいと言われています。
参考文献
松生恒夫 『腸に悪い14の習慣 「これ」をやめれば腸が若返る』 PHP研究所
辨野義己 『腸を整えれば病気にならない 腸内フローラで健康寿命が延びる』 廣済堂出版
内藤裕二 『消化管は泣いています 腸内フローラが体を変える、脳を活かす』 ダイヤモンド社福田真嗣 『おなかの調子がよくなる本 自分でできる腸内フローラ改善法』 KKベストセラーズ
伊藤克人 『過敏性腸症候群はここまで治る』 主婦と生活者
福土審 『内臓感覚 脳と腸の不思議な関係』 NHK出版