ここでは『ダイエットの科学 「これを食べれば健康になる」のウソを暴く』(ティム・スペクター著 熊谷玲美訳 白揚社)を取りあげながら、腸内細菌や腸内フローラがダイエットと深く関わっていることについて述べています。
『ダイエットの科学』は原題が『ダイエットの神話』(The Diet Myth The Real Science Behind What We Eat)となっているのですが、著者であるティム・スペクター氏は科学者の立場から、信頼出来る科学研究のエビデンス(根拠)をもとに、世の中に拡がる「ダイエットの神話」に深く切り込んでいます。
テレビや雑誌などのマスメディアを通じて、私たちは様々な痩せるための手段――ダイエット方法にさらされていますが、私たちはそれぞれ体質に個人差があるため、誰にでも通用するような「~を食べるだけですぐに痩せる」ことが出来る特定の食べ物やクスリや、「~するだけ~キロ痩せる方法」などはおそらく存在しないと思われます。
では、本当の意味でダイエットを成功させるための手段はないのでしょうか?
誰にでも通用する画一的なダイエット方法は存在しないかもしれませんが、私たちの腸内に生息している無数の「腸内細菌」は、ダイエットに対して有効な可能性を秘めているように思われます。
日本でもヤセ菌やデブ菌と名づけられている腸内細菌や、腸内細菌の多様な集まりである「腸内フローラ」が、ダイエットや肥満、健康と深く関わっています。
このことは、テレビや雑誌の特集などで近年よく知られるようになってきていますが、ティム・スペクター氏は、本書『ダイエットの科学』のなかで以下のように述べています。
ダイエットにまつわる神話のなかでもとくに危険なのが、食べ物への反応は誰でも同じだと考えてしまうことだ。私たちは、ある食事をしたとき、あるいは何らかのダイエット法を試したときに、自分たちの体が実験用ラットのように、誰でも同じ反応を見せると考えがちだが、実際にはそんなことはない。私たちの体は誰一人として同じではないのだ。だから、たとえば体重のことを心配する際に、摂取カロリーと消費カロリーのバランスだけにこだわっても何の意味もないし、それどころか混乱の原因にもなりかねない。(ティム・スペクター『ダイエットの科学 「これを食べれば健康になる」のウソを暴く』 熊谷玲美訳 白揚社 p333)
カロリー摂取量が減っても、私たちの体は進化によるプログラムに従って、その状態に適応するだけのようだ。つまり、制限だらけの単調な食事制限をしても、脂肪を減らすまいという体からの信号がそれを無効にしてしまうらしいのである。それに加えて、しばらく肥満の状態を経験すると生物学的変化がいくつも起こり、食べ物に対する脳の報酬メカニズムや脂肪の蓄積が、維持されたり強化されたりするようになる。ダイエットのほとんどが失敗してしまうのは、こうした理由による。(ティム・スペクター『ダイエットの科学』 p16)
現代の食生活を理解するうえで、多くの場合、微生物はきわめて重要だ。微生物は魅力的な新しい研究分野であり、体と食べ物の制限についての理解を根本から変えつつある。私たちは視野の狭い考え方にとらわれて、栄養や体重をエネルギーの摂取と消費という単純な現象とみなしてきたせいで、これまで腸内細菌を考慮してこなかった。しかしこのことが、ダイエットが不成功に終わり、栄養に関するアドバイスが役立たなかった主な理由だとしたらどうだろう? (ティム・スペクター『ダイエットの科学』 p23)
私がこの本で実現したかったのは、ダイエット法や食べ物にまつわる無数の神話の真実を明らかにすることだった。それによって、もっともらしく売られているダイエット商品や食品の宣伝文句を、読者のみなさんが懐疑的な目で見られるようになったのなら、著者冥利に尽きると言えよう。また私は、ダイエットの神話や根拠のないルールを一掃しようとするにあたって、それらの代わりに新たな制約を持ち出すのではなく、知識をもたらそうと試みた。その代表的なものが腸内細菌だった。(ティム・スペクター『ダイエットの科学』 p349)
腸内細菌の種類の微妙な違いからは、私たちの食習慣と健康状態の関連性についてかなりの部分が理解できるし、食べ物に関する研究結果が個人や集団ごとに異なり、一貫性がない理由も説明できると考えられている。たとえば、低脂肪ダイエットで効果がある人がいる一方で、高脂肪の食事をとっても大丈夫な人もいるし、それで健康に悪影響を受ける人もいる。糖質をたくさん摂取しても太らない人もいれば、同じ量の糖質からより多くのエネルギーを取り込んで、太ってしまう人もいる。赤身肉を食べても問題ない人もいるし、そのせいで心臓疾患になってしまう人がいる。さらには、お年寄りが介護施設に移り、食生活が変わると、あっという間に病気になってしまうことが多い。こうしたことはいずれも、腸内細菌の個人差で説明できるのだ。(ティム・スペクター『ダイエットの科学』 p32~33)
このように、腸内細菌はダイエットを成功させるために鍵を握っていると考えられるのですが、「~するだけで誰でも絶対に痩せられる」といったような、腸内細菌によって確実にダイエットできる方法というのは、まだ確立されていません。
その理由は、腸内細菌の世界は、私たちのからだのメカニズムと同じで複雑であり、その仕組みを完全に理解することがおそらく不可能であるからです。
つまり、痩せ菌とされる乳酸菌などが含まれたサプリメントを飲んで腸内細菌のバランスを整えれば肥満の問題は解決というわけにはいかないのです。
しかし、バクテロイデス門の菌など、痩せている人の腸内に多く生息している菌の種類は分かってきているため、日頃の生活習慣を変えることで、ダイエットを成功させることは実現可能であるように思われます。
その基本は、食物繊維やオリゴ糖など腸内細菌のエサになるものを腸に送り込む「プレバイオティクス」と、からだにとって良い働きをする菌が含まれた食品である「プロバイオティクス」によって、腸内細菌の多様性を重視しながら、そのバランスを整えていくことであるように考えられます。
また、ティム・スペクター氏は、腸内細菌の多様性を実現させるためには、ひとつのスーパーフードだけを摂るよりも、食物繊維が豊富な野菜などを中心に様々な食べ物を摂るようにすることを勧めていますし、たまに断食を行うことは、マウス実験では腸内細菌の多様性を増すことにつながるとしています。
さらに、保存料や人工甘味料などの食品添加物が腸内細菌に悪影響を与える可能性が高い加工食品を時々試してみることも、完全に否定してはいないところは興味深い点です。
私たちの腸とそこにすむ細菌は、庭の手入れをするように世話してやることで、きっと豊かになっていくはずだ。肥料、つまりプレバイオティクスや食物繊維をたっぷりと与えよう。そしてその庭には新しい種、つまりプロバイオティクスや未経験の食べ物を定期的にまいてみよう。断食をして、ときどき土を休ませるのもいいだろう。保存料たっぷりの加工食品や殺菌効果のあるマウスウォッシュ、ジャンクフードや砂糖で、自分の腸という庭の反応を試してみるのはかまわない。しかし、それで庭が汚染されてしまうようでは本末転倒である。(ティム・スペクター『ダイエットの科学 「これを食べれば健康になる」のウソを暴く』 熊谷玲美訳 白揚社 p349)
ちなみに、本書の著者であるティム・スペクター氏は、訳者の熊谷玲美氏によれば、ロンドン大学キングスカレッジの遺伝疫学教授で、世界最大規模の双子研究を指揮しているといいます。
邦訳書には『双子の遺伝子――「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける』(ダイヤモンド社)、『99%は遺伝子で分かる!―人生はどこまでプログラム済みか』(大和書房)などがあり、腸内細菌だけではなく「エピジェネティクス」に関心がある方は、本書や『双子の遺伝子――「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける』などの著作を読んでみると良いと思います。
また、ダイエットや健康に対する食べ物や栄養素の効果・効能に関しては、信頼出来る科学研究のエビデンスを重視しているため、「体に良い」としきりに宣伝される食べ物や栄養素・成分に関しては、慎重な立場を取り、また、一般的に「体に良くない」と悪者扱いされている食べ物や栄養素・成分に対しては、どちらかといえば擁護しているような印象を受けます。
本書『ダイエットの科学』では、
など、ダイエットや健康との関わりが深いものについて詳しく考察・言及されています。
もちろん、氏が信頼出来る科学研究を基に述べていることが全て正しいかどうかは分かりませんし、食べ物や栄養について言及されている内容に対してどのように判断するかは、読者に委ねられているように思いますが、マーケティングの思惑によって誤った情報を植え付けられたり、鵜呑みにしたりしないためには、本書『ダイエットの科学 「これを食べれば健康になる」のウソを暴く』に書かれている内容は、一読に値するように感じます。